この大陸の南部を領土とするアデン王国は、各地に割拠していた小国家を統合した、いわば連合体的な国家である。
 そもそもは『千年王国』エルモアデン帝国の崩壊が、勢のある各地方領主たちの盤踞を招き、国家としての独立を促したという歴史があった。
 それを一つの国へとまとめたのが、かの『統一王』ラウルであり、北のエルモア、西のグレシアらの侵攻を防いできたのが、二代目トラビスであり、三代目アマデオだったのである。
 そういったこの国の歩みを知ってはいるものの、今、グルーディオの町を歩いているダークエルフの女性騎士、フレイドからすれば、それらは子供の頃に直に見てきた出来事(といっても大人たちから噂話として聞いたものだが)であるから、あまり「歴史」という感覚はない。古い話ではあるのだが、彼女にとっては子供の頃の「思い出」という方がしっくり来るのだ。
 エルモアデン帝国の物語ならば、さすがに「昔話」程度にはなるのだろうが。
 だから、グレシアによる侵略戦争の爪痕が残るこのグルーディオの町が、その復興の一環として城塞都市化しつつあるのを見ても、「ヒューマンのサイクルは早い」などという、感心しているやら呆れているやらよく解らない感想を持ってしまうフレイドである。
 旅をするということは、こうした移り変わりを見ていくことでもあるのかもしれない。
 ダークエルフとして、人間などよりも遙かに長い寿命を持つ彼女にしてみれば、その移り変わりは、めまぐるしいとさえ映った。
 そう。
 フレイドは、ダークエルフである。
 腰に届くほどに長い髪は、透き通るような白銀の色。種族特有の青褐色の肌。先端の尖った長い耳。そして、人間の少女たちが羨みそうな、標準以上にグラマラスな肢体。
 この大陸のダークエルフの女性としては、非常に標準的な容姿である。
 ただ1つ。
 切れ長の目に宿る紫闇色の瞳だけは、他のダークエルフたちとは異なっていた。その瞳の色が、凛としつつもどこか穏やかに見える彼女の顔立ちを、神秘的なものに見せている。
『異端の瞳』
 そう言われることもある。
 その瞳をもう一度、夕日に染まる町並みに向けてから、彼女は自分が部屋を取っている宿に足を向けた。

 宿の扉を開けた途端、溢れてくる人の声と酒場特有の匂い。酒や果実水、パンや様々な料理の匂いに人の熱気が混ざり合い、一言では現せないようなものになっている。だが、不快ではない。
 宿が酒場を兼ねていることは、この大陸の宿場では珍しいことではないのだが、グルーディオほどの大都市でもこの方式は変わらない。もっともさすがに全ての宿がそうではないのだが、宿だけの店というのは、この場合、料金が割高でサービスも格段に違うということになる。これがギランあたりに行けば、宿は宿、酒場は酒場と、完全に分業されていたりする。
 この辺りもヒューマンの生活様式の面白さだろうと、フレイドは思う。
 こうした雑多な場所は、少なくとも彼女の故郷にはなかった環境だが、旅暮らしが長いせいか、フレイドにはむしろ居心地の良い場所となっている。
 ダークエルフに限らず、本来エルフ族というものは『混ざり物』を敬遠する性質なのだが。
「おかえりなさーい」
 酒場に入ってきたフレイドを、店のウエイトレスが目敏く見つけて挨拶を寄越してくる。昨日今日、部屋を取ったばかりの客に対してもこういう接し方をしてくれる。こうした気配りは、旅空の下にいる者にとっては嬉しい限りだ。
「ただいま」
 だからフレイドも、思わずにこりと微笑みを返す。
 まだ夕暮れ時だというのに、酒場はすでに人でいっぱいになっている。背中合わせの椅子同士がぶつかるような喧噪の中を、フレイドは実に器用にすり抜けて、宿となっている二階へ向かう階段を目指した。
 そんなフレイドに、先ほどのウエイトレスが、いったいどうやって持っているのか解らないほどの料理の皿を頭よりも高く持ち上げ、やはり要領よくテーブルの間を動き回りながら声を掛けてきた。
「お連れの方がさっきから何度も覗きに来てましたよ」
「ありがとう」
 気の良いウエイトレスに柔らかい笑顔で感謝を伝えながら、喧噪に包まれた酒場を後にして階段を登る。
(何度も、ね……)
 ウエイトレスに言われた言葉に軽くため息を吐く。それほど一人が嫌なら、付いてくれば良かったのにと思わないでもないが、その相手は少々特殊なのだから、仕方がない。
 そんなことを考えながら階段を登り切ったフレイドの前に、件の相手がさっそく姿を現した。
「遅いぞっ」
 まさに仁王立ちという姿で、開口一番、いきなり文句を飛ばしてくる。
「まだ夕方ですよ、ネスト」
「夕刻には戻ると言っておったではないかっ」
 何やら自分勝手な理屈で憤慨している様子の相手に、フレイドはもう一つ息を吐いた。
 左手を腰にあて、右手の人差し指を突きつけ、柳眉を寄せてフレイドを睨み付けているその相手は、彼女の養父母の娘であり、今は旅の仲間となっている、同じダークエルフのネストである。
 自称「フレイドの保護者」ということらしいが、その理由は自分の方が一つか二つ年上だからという、まことに希薄なものであった。
 この2人を幼い頃から知る者は、その関係がネストの言葉とは全く逆であることを知っている。いや、最近知り合った者でも、2人をよく見ていれば、そのことにはすぐに気が付くだろう。
 しかし今の態度を見る限りでは、少し過剰とはいえ、「妹」を心配する「姉」のそれではある。
「ですから、ちゃんと帰ってきたでしょう?」
「む……」
 突きつけられた人差し指をやんわりと退けながらそう言ったフレイドに、ネストは言葉を詰まらせて表情を和らげる。うまく言い返されてしまい、次の言葉を探しているのだ。
 それを察したフレイドが、続けてこう言った。
「大丈夫です。まだご飯は食べてきていませんから」
「あ、うん……そうか」
 毒気を抜かれたようにきょとんとして頷くネスト。その横をすり抜け、フレイドは自分たちが取っている部屋へ向かう。
 その少しの間を置いて、ネストはようやく自分の心底をフレイドに見抜かれていたことに気が付き、思わず顔を赤くした。
「わ、私は! 別にお主と食事をしたいとか、一緒にグルーディオ名物を食べたいとか、そーゆーことで怒っていたのではないぞっ!」
 扉を開けて部屋に入っていくフレイドの背中にそう叩きつけるネストの姿は、隠し事がばれて慌てている子供の姿そのものである。
「はいはい」
 振り向いたフレイドも思わず微笑してしまう。そのことでさらに怒り出しそうなネストに、ひらりと手を振って部屋の中に消えていった。
「断じて違うぞ!」
 ネストの子供っぽい喚きが廊下に響いていた。

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